OUTERSIDE

日常の外側へ

スノボの話

 

どんなに年月が経っていても、ある日思いっきり世界がシフトする時がある。

だからあの朝も脈略なく、またやってみようって思った。

 

何かのタイミングは、いくつかの目盛りが一斉に揃うのを待って訪れるかのよう。

布石はあった。
早朝にボードを担いだ一団が歩いていた。
スノボのバスツアーで、池袋ならサンシャイン下、新宿なら都庁下が集合場所。
全くの他人事だったはずだけど、
次の冬には学生に混じって学生面して参加していた。

 

正確には13-14シーズンに復帰して、翌年からどんハマり。

今回はスノボのお話です。

 

 

長い間実家のクローゼットの奥の奥にシワだらけであったウェアを引っ張り出してみた。他のギアは順次入れ替わったけど、それだけは今も替わらないでいる。

 

バイトの先輩に連れられて行った神田
泣く子も黙るKILLER LOOP
じゃなかった。MORROWとかいう糞ボードを買って
よく分からないから、とりあえずボドレップに載ってたカッコいいウェアを取り寄せた。
ベージュ色のウェアには縦の黒いラインが二本入っていて、ボトムは黒。CONCEPTとかいうカナダのメーカーだった。

 

何だかよく分からない無性にワクワクしたあの感覚。
船橋津田沼には、まだ室内スキー場があった頃だった。

 

当時はパイプかアルペンか。
グラトリなんてのは無かった気がする。

だから復帰してたんばらのリフトの上から見ていて
くるくる廻っては転んでばかりで
最初、何やっているんだろう?って思った。

でもそんな感じの子を見てると微笑ましくって、カワイイなって思っていた。
きっと、遊べるのはこの時期だけの人が殆どだし、
女の子なんて、特にそう。

そんな風に思えるようになったということは、
自分の中で驚きだった。

 

で、しばらくすると滑りのトレンドも時代によってあるんだと気付いた。
フリーって、飛んだり跳ねたり擦ったりしかなかったけど、
今はもうカービング志向が強くなっている。
ハンマーヘッドの存在は、そんなフリーとアルペンの融合だし、詳しく見ていくとスノボは毎年進化していく。

 

 

スノボが好きな理由って
楽しいっていう感覚の他に、自分と対峙できるからなんだと思う。

 

スノボのスタイルって皆それぞれ。
いろんな滑りがあって、好きなように組み合わせることができる。
その上で自分のスタイル、というか自分を追求できる。
そこに上手いヘタはないし、トレンドもへったくれもない。
懐が深い。

本質的に同じ土俵でナンバーワンを決めるようなものでもないから。
皆、目指すものも違う。
それぞれ自由な世界の中で自分がいて、好きに深掘ることができる。
だからきっと誰もが純粋に楽しくってしかたがない。

もちろんコンペティション志向の人もいるけど、その時々で自己満足の世界に浸れるこんな遊びってたぶん、他にはあまり無いと思う。

 

そして辛い時も、大変な時も、一歩抜け出せば、いつも同じ風景を見せてくれる。
空に近い青空と白い雪のコントラストが、その時拘っていたあらゆる物事を小さく見せてくれる。
瞬間的には、他のどんなことより重要に思えた。

そんな忘れていた感覚というか、今はそんなスノボの奥深さに出逢えている。

 

 

何かを上手くなるには夢中になること。
そしてテーマを持ち続けること。
そしたらストイックでより徹底的になっていった。

動画とか見て、メモって、それをリフトの上で見返して、昼も取らずに繰り返し試みる。
そんなんばっかやっていたので、たまに何が面白いのか分からなくなるけど、最初は怖くてもその日の終わりには何かしらクリアできている自分がいる。
他にはない、そんなことに虜になった。

絶えず挑戦していればその分きっと上手くなるし、
また、その必要も無い。

 

一番気付かせてくれたことは、自分の好きに目を向けること。
そして、自分の好きに向き合うこと。
気付くこと。
正直になること。

もちろん人生には時期的なタイミングもあって、簡単じゃないけど、
でも思い立ったら後は難しくはない。先延ばしをしないだけ。

何かやりたいなって思ってたら、それがタイミングだからやっちゃえばいい。
願った条件なんか待っていたって来やしないのだから。

 

 

多くの人がそうだったように、何かからフェードアウトした後に、そこに戻る人は殆どいない。だから今はあの頃普通にいた人やあった物がないような気がする。

でもこうやって一人で滑っては気が付くのだけど、いつも自分と出逢っているような気がする。
今の自分と。

 

明日の川場からシーズンが始まります。

いろんな人と出逢う予定です。

今年も素晴らしいシーズンでありますように。